※本記事には広告が含まれています。
<こんな人におすすめ>
・アニミズムに関心のある人
・絵本や児童書が好きな大人
・スタジオジブリ作品の中だと、『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ゲド戦記』が好きな人
・文芸翻訳家を目指している人
『神話の森を舞台に繰り広げられる呪術的マヤ・ファンタジー』
そう聞いて、あなたはどんな印象を抱くだろうか。
参考情報
著:ホルヘ・ミゲル・ココム・ペッチ
訳:吉田栄人
出版社:国書刊行会
ページ数:219ページ ※余白が多い
発行:2020/6/20
目次
I・・・トウモロコシの種の力(P. 9)
II・・・通過儀礼-風の修行、夢の修行(P. 23)
III・・・七つの質問(P. 45)
IV・・・秘密の名前(P. 59)
V・・・鳥の秘密(一)(P. 83)
VI・・・鳥の秘密(二)(P. 117)
VII・・・風の秘密(P. 165)
VIII・・・言葉の守り人(P. 199)
訳者あとがき(P. 207)
著者のホルヘ・ミゲル・ココム・ペッチはメキシコ合衆国カンペチェ州カルキニ市出身の小説家、詩人、教師。2002年から2005年にかけてメキシコ先住民作家協会の会長を務めている。
本書は、2012年に出版された児童図書『マヤの賢人グレゴリオおじいさん』の全訳である。イラストは各章の最初のページのみ。児童図書にしては、使用されている漢字が難しい。
この日本語版は、子どものための児童図書というより、大人のための児童図書と言える。
219ページというとかなりのボリュームに思えるが、全ページに渡り余白の占める割合が大きい。
あらすじ(引用)
「ぼく」はある時、祖父のグレゴリオおじいさんに呼ばれ、マヤの伝承の語り手たる<言葉の守り人>に選ばれた。おじいさんに連れられて、「ぼく」は神々と精霊たちが棲まう森へ、<言葉の守り人>になるための修行に出かける。不思議な鳥たちとの邂逅、風の精霊の召喚儀式、蛇神の見せる夢と幻影の試練…「ぼく」は森の中で不思議な体験をしながら、おじいさんから<言葉の守り人>を継ぐために必要な、世界と言葉のもつ秘密を少しずつ教わっていく。
感想
「呪術的」といっても、本書に生贄や憑依といった類の話は出てこない。もちろん、西洋のファンタジーのように、魔女やドラゴンも出てこない。
主人公は「ぼく」
マヤの伝承の語り手たる<言葉の守り人>に選ばれた「ぼく」は、おじいさんから様々な話を教わる。
ときに具体的で、ときに抽象的な話。おじいさんが語ることを、「ぼく」はすんなり理解できない。
それはきっと、「ぼく」に限ったことではない。
おじいさんの話は、一見すると平易な文章で綴られている。だが、その言葉は含蓄に富む。
「ぼく」はおじいさんに様々な質問をする。
『ねえ、おじいさん、花って何なの?』
『じゃあ、おじいさん、雲は何?』
『おじいさん、スズメバチは何?』
おじいさんの答えは、万物に対する深い洞察力と愛に溢れている。
「ぼく」がおじいさんから教わるように、おじいさんもそのまたおじいさんから教わったのだろう。そうして何世代にも渡り語り継がれていく話がある。その時々で語り手の解釈が入ることもあるかもしれない。
それでもなお、語り継がれる話の本質は変わらない。
そう、本質。
ファンタジーとされているが、果たしてこれはファンタジーなのだろうか。
現代を生きる我々が見失いかけている「物事の本質を見る力」
そのヒントとなるものが、この本の端々に散りばめられている。
翻訳に興味がある方へ
最後に、極めて個人的な感想で申し訳ないが、自分も翻訳者の端くれとして『訳者あとがき』までぜひ読んでほしいと思う。
翻訳を担当した吉田栄人氏は、東北大学大学院国際文化研究科准教授。専攻はラテンアメリカ民俗学、とりわけユカタン・マヤ社会の祭礼や儀礼、伝統医療、言語、文学などに関する研究だそう。
語弊があるかもしれないが、ただの翻訳者が翻訳した文章と、背景を理解した上で、かつ主題に対し長年自ら考察してきた人が翻訳する文章はわけが違う。
『訳者あとがき』を読んで、今さらながらそう痛感した。
コメント