『アイヌモシリ』~現代を生きるアイヌの葛藤を描く~【映画レビュー/感想(ネタバレ含む)】

映画

本記事には映画のネタバレを含みます。

今の日本に、自らの手で動物を殺して食べたことがある人がどれだけいるだろうか。

家族を家で看取ることも少なくなった今、日常から死の影は消えつつある。

喰う者と喰われる者がいる。

命に向き合うとはどういうことか。
生かされているとはどういうことか。

伝統か

信仰か

エゴか

現代を生きるアイヌの葛藤とは。

これは、アイヌの血を引く一人の少年の成長物語でもある。

映画の冒頭とラストで主人公が言う『ごちそうさまでした』

その重みが、たしかに違った。

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あらすじ

主人公はアイヌの血を引く14歳の少年カント。アイヌ民芸店を営む母親のエミと、北海道阿寒湖畔のアイヌコタンで暮らしている。父親は1年前に死亡。それをきっかけに、アイヌの活動に参加しなくなる。亡き父親の友人で、アイヌコタンの中心的な存在であるデボは、カントを自給自足のキャンプに連れて行き、自然の中で育まれたアイヌの精神や文化を伝えようとする。当初は全く乗り気でなかったカントに、少しずつ変化が訪れる。デボは、理解を示し始めたカントを見て喜び、ひそかに育てていた子熊(チビ)の世話をカントに任せる。世話をするうち、チビへの愛着を深めていくカント。しかしチビは、長年行われていない熊送りの儀式『イオマンテ』復活のために、デボが飼育していたものだった。

参考情報

主要キャストをアイヌの血を引く人々が務める。

カント・・・下倉幹人
デボ・・・秋辺デボ
エミ・・・下倉絵美

カント役の下倉幹人さんとエミ役の下倉絵美さんは、実生活でも実の親子である。また、デボ役の秋辺デボさんは実際にアイヌ民芸店を営んでおり、阿寒アイヌ工芸協同組合専務理事でもある。

『イオマンテ』とは:
熊送りの儀式。捕獲した子熊をアイヌの共同体の中で1~2年育て、熊の中に宿る神(カムイ)をもてなす。子熊は儀式の中で屠殺され、中に宿ったカムイは神の国へ帰るとされる。神の国に帰ったカムイは、人間界で受けたもてなしを他のカムイに伝える。それを聞いた他のカムイは、人間界はそんなに良い所なのかと、肉や毛皮とともに人間界を訪れる。そうしてこの世に恵みをもたらすとされる。

感想(ネタバレ含む)

印象深いシーンを以下に紹介する(※うろ覚えの台詞もあります)。

カントが通っている中学校での親子面談のシーン

先生:どこか行きたいところ(高校)はある?
カント:この町じゃなければどこでもいい

ー面談後ー

エミ:さっきのどういう意味?
カント:だって、ここに居たらアイヌだけじゃん
エミ:何それ。誰も強制なんてしてないよ。そうでしょ?

この場所に生まれたから◯◯をする
この家に生まれたから✕✕をする

幸か不幸か、私にはそのような選択肢はなかった。ただ、田舎で生まれ育ったため、結びつきの強いコミュニティがどういうものであるかは肌感覚で分かる(良い意味でも悪い意味でも、だ)。

カントの口数は少ないが、その表情からは鬱々とした思いが見て取れる。思春期特有の大人に対する反発とはどこか違う思いである。

エミが営むアイヌ民芸店で、観光客と言葉を交わすシーン

(1回目)
観光客:あなた、アイヌ?
エミ:はい

(2回目)
観光客:日本語、お上手ですね
エミ:勉強したんで

エミはなんとも言えない笑顔を浮かべる。

そして、微妙な空気が流れる。

どちらも数秒のシーンである。

そのわずかな時間に感じるのは、観光客の悪意のない残酷さと自覚のない差別意識だ。

世の中は知らないことだらけである。だが、無知であることで誰かの気持ちを害することがある。

それをこのわずかなシーンが気づかせてくれる。

父親の法要~森に入るシーン

デボ:なあ、カント。森の奥に『死んだ人たちの国』がある。行ってみないか。
カント:ただの伝説でしょ。
デポ:伝説ってのは、元になる話があるんじゃないか?

乗り気ではないものの、半ば押し切られるように自給自足のキャンプに行く。

森に入る前、デボは森に挨拶をする。お前もやってみ、と促され、漫然と真似をするカント。ここではまだ、自分の意志で挨拶しているわけではない。

岩と岩の間にできた空間をデボが指差す。その空間の向こうが『死んだ人たちの国』だと言う。

あちらからこちらには来れるが、こちらからあちらには行けない。

今晩の食料に、川で魚釣りをする。作中で唯一、14歳の少年の快活な笑顔が弾けるシーンである。

デボもカントと同様、それほど口数は多くない。しかし、森への挨拶や丁寧に魚をさばくことなど、自らの行動をもってカントにアイヌの精神や文化の根底にあるものを伝えようとする。

その夜、テントを抜け出したカントは、『死んだ人たちの国』の入り口をじっと見つめる。

後日、親族(言及はされないが、おそらく死んだ父親の兄弟)と2人で再び森に入る。

カント:森に挨拶しなきゃ。
親族:信心深いな。誰に聞いたんだ?
カント:デボさん。
親族:デボか。あいつはホラを吹くことがあるから気をつけろ。

そう言って1人先に行く男性を目で追いつつ、形だけでも森に挨拶するカントであった。

この時点で、カントの心境に変化が生じていることは明らかである。

そしてまた、アイヌにおいても温度差があることが分かる。

『イオマンテ』復活についてコタンの人々が話し合うシーン

『イオマンテ』はアイヌにとって大切な儀式だと考えるデボたちに対し、

「今の時代にそぐわない」
「俺たちは観光で食ってるんだ。風評ってもんがあるだろ」

と反対の声が上がる。

それに対し、1人の男性が言う。

「パックに入った肉は食べるじゃないか」

私の地元では、食肉用の牛や豚を飼っているところがある(祖父母が若い頃、うちでも豚を飼っていたらしい)。屠殺場へ行く牛や豚は、殺されることが分かるのか、暴れたり大きな鳴き声を上げるそうだ。

実家が漁師町にあるということもあり、私も生きた魚をさばいたことはある。だが、生きた牛や豚を自分の手で殺してさばけるかと考えると、答えに窮する(同じ「喰うために生き物の命を奪う」という点において、矛盾しているのは百も承知だ)。

パックに入った肉は、その姿でこの世に出てきたのではない。

どんな場所で飼育され、どうやって輸送され、どのように屠殺されるのか、詳しいことを私は知らない。

きっと知らない人の方が多い。

そしてきっと、考えたことすらない人はもっと多いのではないだろうか。

私は食べ物を粗末にする人が大嫌いだ。

とはいえ私だって、体調不良などで残してしまうことはある。そういうときは、食べ物にも料理してくれた人にもものすごく申し訳なく思う。

スーパーに並んでいるパックに入った肉や魚、目の前の料理、そこに至るまでの経緯を一度でも考えたことがある人が増えれば、世界の食品ロスは大幅に減るだろう。

『イオマンテ』のシーン

作中で、数十年前実際に行われた『イオマンテ』の映像がリンクして流れる(エンドロールに『本映画の撮影にあたり、いかなる動物にも苦痛を与えていない』との記載あり)。

ひそかに逃がそうとするほどチビを可愛がっていたカントは、屠殺の瞬間には立ち合わない。

屠殺直後の現場を訪れ、その足で『死んだ人たちの国』の入り口へ向かう。そして唇を噛み締め、やり場のない思いを目に浮かべながら、その入り口に雪玉を投げつける。

気配を感じ振り返ると、そこには死んだ父親が静かに佇んでいた・・・。

祝宴のシーンでは、チビの目から見た景色をカメラが映し出している。

チビの思いを知ることができない以上、どのような解釈をするにしても、それは人間側の一方的な思い込みに過ぎない。しかし、『イオマンテ』に限らず、喰う者と喰われる者(=狩る者と狩られる者)が正面から向き合った結果としての犠牲であれば、そこには長きに渡り培われてきた、両者の強い結びつきのようなものがあるのではないだろうか。少なくとも、狩った者に対する敬意や感謝の念を抱くことは疑いない。

総論

前述した台詞「俺たちは観光で食ってるんだ」と、祭のシーンを見て思ったことがある。

儀式や祭は本来、拍手をもらうためのものでもなければ観光客に見せるためのものでもない。もちろん、強制するものでもされるものでもない。

本来は、自分の心と対象物とが向き合う神聖なものであるはずだ。だが、見せる場や記録する場がなければ、時代の流れとともに忘れ去られてしまうのも事実である。

形が残っているだけで、心が伴っていないもの。
心には存在しているが、形として残っていないもの。

何かを継承していくことの難しさを考えさせられる。

クジラを食べる人間がいる。
カンガルーを食べる人間がいる。
犬を食べる人間がいる。
馬を食べる人間がいる。

それらを糾弾する人間がいる。

牛や豚を殺して食べるのと、はたして何が違うのだろう。

また、命を奪うのは嫌だからとベジタリアンやビーガンになる人を批判するつもりは毛頭ないが、個人的には植物だって生きてるじゃないかと思う。

人間が生きているということは、人間以外の命を奪い、それらに生かされているということである。

アイヌにこんな言葉がある。

カント オロ ワ ヤク サㇰ ノ アランケ ㇷ゚ シネㇷ゚ カ イサㇺ
(天から役目なしに降ろされたものは 1 つもない)

『いただきます』
『ごちそうさまでした』

何に対する、誰に対する敬意や感謝の言葉か。

目の前にある食べ物は、どこにどんな形で存在していたのか。

どれだけの人の手がかかって、目の前にある姿になったのか。

ほんの少しでいいから、ぜひ考えてみてほしい。

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